☆精神的マスナヴィー~Love Rumi♪
ロスに住んでいたころ、アメリカで一番売れている詩集は13世紀イスラム神秘主義-Rumiの詩集だと知った。私がRumiを知ったのは、もう10年くらい前になるけど、ルシャッド・フィールドの本を読んでから。それから、もちろん詩集を買って手元に置いて、時々、13世紀に生きた愛の人ルーミーに思いをはせる☆そしてその度に、いつかトルコのコンヤを巡礼しようと思う。きっとここまで惹かれるのだから、その土地に立ってみたい。コンヤは、宗教を超えた愛を響かせている場所だと、なぜか確信しているのだから。
今日は、あるルーミーの詩に心がつながったので、それをここに記しておこうと思う。
わたしの解釈でちょっといじって遊んでみたいけど、
ルーミーそれでもいいですか?
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ねえきみ、きみはいったいそれを知っているの?
きみはそれを理解しているの?
それともきみは、ただ薄々感じているだけなの?
きみの学んできたことなど、まるで子供だましの、
雲をつかむような、脆くはかないおもちゃなのではないの?
心で憶えたことなら、それはきみの翼となって、
今すぐにでも空よりも高く飛んでいくことだろうに・・・。
けれど体に染み付いてしまったことなら、
きみにとって、それは背負わされた重荷にしかならないだろう。
あるかみさまがこんなことを言っていたよ。
『本を運ぶロバよ、なんてかわいそうに・・・』ってね。
けれど、そのかみさまが言ったあわれみなどには耳を貸さないで
重荷を運び続けるのも、それはそれでわるくはない。
と、僕は思う。
無心に、ただひたすらに歩いて行けば、
きみはいつか、必ず辿り着くはずだから。
そのとき重荷は取り去られて、
その時初めて、きみは歓びがどんなものかを知る。
それもいいと思う。
その道を知ることなしに、どうして自由になることなどできるのだろう?
今きみがきみであることが、自由へのしるしそのものだというのに。
今きみが見ているもの、今感じているものを、それはウソだと呼ぶ人もいるだろう。
けれど、そう言われるものが、真実へと至る道を知らせてくれるのではないのかな?
だって、リアリティーを含まないファンタジィーなどないのだから。
だから、きみはきみの心ひとつを信じて行けばいい、
全ての偏見、全ての誤解、全ての常識から、きみ自身を自由に解き放って。
きみの心の中には、全ての英知がすでにあふれている。
だからきみはきみの心を信じて進めばいい。
本を捨てて、理解を捨てて、学んだ全てを捨てて・・・・ね。
Immediate Knowledge
by J. Rumi
自由訳:yukiko
☆☆☆Love Rumi ☆☆☆
by layoga | 2009-12-19 01:07 | Sufi









